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田中正造ゆかりの地を訪ねて

今年最初のボランティアガイド月例は「田中正造ゆかりの地を訪ねて」と題して隣の佐野市を訪問した。
渡良瀬遊水地が100年以上前に遊水地化される一因は、渡良瀬川上流にあった足尾銅山による鉱毒
排出が下流域に幾度となく甚大な被害を及ぼした日本の公害の原点と言われる足尾銅山鉱毒事件だ。
その鉱毒拡散を食い止める対策として時の政府により遊水池化計画があり、その過程で鉱毒問題の
天皇への直訴(失敗)や、遊水地化のため強制廃村させられる谷中村での反対運動などその一生を
公害問題に取り組んだ田中正造を学ぶ企画だ。
最初に佐野市郷土博物館に行き、常設の田中正造展示室にて職員から正造の一生を解説願った。
平成26年に天皇・皇后両陛下が訪れた際、正造が果せなかった明治天皇への直訴状をじっくりと
読まれていたのが感慨深かったそうだ。
その後、正造の墓と旧宅が保存展示されている地を訪ね、更に群馬県館林市にある雲龍寺を巡った。
この寺は正造が地元民と共に公害と戦う拠点としていた所縁の場所で、分骨して墓も建立してある。
渡良瀬遊水地に関わる活動をしていると田中正造や谷中村廃村の歴史・背景は一通り押える必要が
有り、今回の企画は大いにその一助となった。 なかなか奥が深い。
 田中正造の墓 足尾銅山鉱毒事件碑

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